侮辱罪に関する法改正について
一部報道によると、某テレビ番組の出演者がインターネット上の誹謗中傷により自殺した事件を受け、法務省が刑法第231条の侮辱罪を厳罰化し、懲役刑を導入する方針を固めたとのことです。
<参考>
讀賣新聞オンライン「【独自】ネット中傷対策、侮辱罪に懲役刑導入へ…テラハ事件では科料わずか9千円」(https://www.yomiuri.co.jp/national/20210829-OYT1T50260/)
法務省「令和2年における「人権侵犯事件」の状況について(概要)」(https://www.moj.go.jp/content/001344251.pdf)
侮辱罪の厳罰化への経緯
インターネット上の誹謗中傷の深刻化
昨今、インターネット上の誹謗中傷が増加傾向にあります。ここにいう「増加傾向にあります」というのは、肌感覚ではありません。
法務省が公表する「令和2年における「人権侵犯事件」の状況について(概要)」(法務省のホームページに飛びます。)のうち「インターネット上の人権侵害情報に関する人権侵犯事件について」を見てみましょう。
前掲法務省「インターネット上の人権侵害情報に関する人権侵犯事件について」(別添6)(https://www.moj.go.jp/content/001344251.pdf)3頁より引用
令和2年に、法務局及び地方法務局において処理したインターネット上の人権侵害情報に関する人権侵犯事件は、平成29年に次いで過去2番目に多い件数です。なお、新規救済手続開始件数は、高水準で推移しています。
前掲法務局別添6の2頁より引用
誹謗中傷事件の顕在化
インターネット上での誹謗中傷は、誹謗中傷をする者が匿名であることや、対面ではないが故に簡単に誹謗中傷をすることができてしまう点に特徴があります。某テレビ番組での誹謗中傷による自殺や、最近ではオリンピック選手への誹謗中傷もニュースで取り上げられています。現代では、掲示板、SNSなどの投稿を通してこれらが行われることにより、被害者は甚大な精神的被害を受けています。法務省では、このような誹謗中傷による精神的攻撃方法を、人権侵犯として、人権侵犯事件として調査救済手続を行っています。
具体的に、どのような誹謗中傷が問題となっているのか。総務省が特に問題視していると思われるものを見てみましょう。
あおり運転デマ
▷2019年8月に茨城県の常磐自動車道で男性会社員があおり運転を受けた後に殴られるという 事件が起こった。加害者の車に同乗していた女性は、加害者が暴行する様子を携帯電話で撮 影しており、この時の映像がテレビ等で放送され話題となった。
▷報道によると、サングラスや服装が似ているという理由で、無関係の女性があおり運転を行った 車に同乗していた女性であるというデマがインターネット上で多く投稿・拡散され、無関係の女性 の実名やSNSのアカウントが特定され、事件とは無関係であるにもかかわらず、女性のSNSには 「自首して」などという投稿が相次いだという。
総務省「SNS上での誹謗中傷への対策に関する取組の大枠について」3頁より引用(2020年7月公表)(https://www.soumu.go.jp/main_content/000695577.pdf)
芸能人への誹謗中傷
▷2020年5月、人気リアリティー番組に出演していたプロレスラーの方が、番組内での言動を巡ってSNS上で誹謗中傷を受け、亡くなった。
▷報道によると、SNS上では、「早く消えてくれよ」「吐き気がする。」など、中傷する書き込みが複数 されていたという。
前掲総務省3頁より引用
誹謗中傷に対する法的救済の方法
プロバイダ責任制限法
このような誹謗中傷に対して、どのような法的手続により自己の権利を救済できるのでしょうか。第一に、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(平成13年法律第137号)」があります。これは、「プロバイダ責任制限法」という名称の方がなじみがあるでしょう。この法律は、特定電気通信(いわゆるインターネットと理解すれば足ります。)による情報の流通によって権利の侵害があった場合について、特定電気通信役務提供者(プロバイダ、サーバの管理者・運営者、掲示板管理者など)の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示を請求する権利につき定めるものです。
どういう場面でこの法律が問題になるかという点について、簡単に触れておきます。例えば、次のようなときに、プロバイダとしてはどう対処すればいいの?と迷ってしまいます。
- 被害者が、「この投稿は誹謗中傷だ!」と文句を言ってきた場合 ⇒ これが誹謗中傷とは言えそうにもない場合、投稿を削除すべきか?
- 加害者が、「何言ってるんだ!これは誹謗中傷ではなく意見の表明だ!」と文句を言ってきた場合 ⇒ これが誹謗中傷と言えるであろう場合、削除することによって「表現の自由を侵害した」などの理由で加害者から損害賠償を請求されないか?
そもそもプロバイダがそのような価値判断をするのは困難であるし、さらに誹謗中傷と意見の表明の境目は専門家でも一義的には確定できないほど難しい性格のものです。したがって、このような不安定な事態が生じた場合に、プロバイダの「どうすりゃいいんだ」という問題を、ある一定の条件で対処すれば損害賠償の責任は問わないよというのが、プロバイダ責任制限法第3条です。
また、第4条では、自己の権利を侵害されたとする者は、
- 被害者の権利侵害が明らかであるとき。
- 正当な理由があるとき。
には、加害者情報の開示を請求することができます。
※以上までの内容は、なるべく難しい文言を使わないように努めたため、割愛や簡単にまとめてしまっている部分があります。実際に権利を行使しようとする方は、根拠条文をよく読むか専門家に相談するかして、正しい権利行使をしましょう。
刑法第231条の侮辱罪
刑法第231条は、「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。」としています。そして、同第232条で、「この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。」とあります。
今般問題となったのは、第一に、拘留(1日以上30日未満とし、刑事施設に拘置すること。刑法第16条)又は科料(1,000円以上1万円未満を納付すること。刑法第17条)という法定刑です。第二に、公訴時効が1年である点です。これらが、人の命を奪うことがあるにもかかわらず、軽すぎる・短すぎるのではないかという問題です。実際に、芸能人への誹謗中傷の件では、2名が略式命令を受けたが、9,000円の科料にとどまったということです。
そこで今後、法制審議会に対し、侮辱罪の問題について「1年以下の懲役・禁錮」と「30万円以下の罰金」を諮問することになると報じられました。
インターネット上で誹謗中傷などの被害にあったら
弁護士又は司法書士、法務局へ相談
まとめ
インターネットの使い方には十分注意して
インターネットを使う際には、その伝搬性(すぐに広まる性質)と削除困難性(一度広まったら消すことは極めて困難である性質)をよく理解しましょう。特に未成年者の方などは、その使い方に注意してください。よく性質を理解して正しく使えば、求める知識を広く検索出来たり、世界中のいろいろな人とコミュニケーションが取れるという利点がありますが、包丁も使い方次第では凶器になるのと同じように、インターネットもときには凶器になります。そして、匿名性が高いが故に、自分は逮捕されたり刑事罰が科されないだろうと考える人もいますが、そこまで甘くありません。また、デジタルタトゥーという用語があるように、就職などのときにも影響があることもあります。十分注意して、正しく利用しましょう。
なお、行政書士試験にも、意外と出てくる印象があるのがプロバイダ責任制限法です(調査したわけではないので完全な個人的感覚ですが)。行政書士の一般知識は、役に立たないとよく言われますが、行政の流れを把握するという意味では、欠かすことができませんので、このような動きにも十分注意していきましょう。
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