裁判官も人の子

query_builder 2022/02/22
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 契約書の作成などを取り扱う人にとって、記載する文言が「本当にこれで大丈夫か?」と思うことは少なくないと思います。


 契約書は、ときにはその記載内容について争いが生じ、裁判所に判断にゆだねることとなる場合もありますが、その判断をするのは裁判官です。


 裁判官は、争いが生じたときにどのようなことを考えているのか?


 元裁判官で弁護士の中田昭孝先生の執筆を参考にちょっと覗いてみたいと思います。


<参考>

きっかけ法律事務所・中田昭孝弁護士「事実認定と裁判官の心証形成」(https://www.kikkawa-law.com/downloads/140318rejimehp.pdf

裁判所「裁判官の仕事ってどんな仕事?」(https://www.courts.go.jp/yokohama/vc-files/yokohama/file/10501001.pdf

裁判官とは

裁判官ってどんな人?


 その前に、まずは裁判官ってどんな人?ということをおさらいしてみましょう。


 裁判官とは、裁判において、当事者の話をよく聞いて法律に従って中立公正な立場から判断をすることを主たる仕事にする人といえるでしょう(前掲裁判所1頁。このほかにも、競売や差押えなどもありますが・・・)。


 裁判官の責任の重さについて、当時横浜地裁の判事補の方は、次のように述べています。


 裁判官の仕事は,とても責任の重い仕事です。私は,裁判官になったばかりのころ,責任の重さにとまどっていました。民事裁判も,刑事裁判も,人の人生がかかっています。約束どおりに仕事をしたのに,お金を払ってもらえなければ,家族を養っていくこともできませんし,会社だったら潰れてしまうかもしれません。有罪の判決を受けた場合はもちろん,逮捕されただけでも会社をクビになることがあります。
 でも,その分,裁判官の仕事は,とてもやりがいがあります。先輩裁判官から,医者は体の病気を治す仕事,裁判官は社会の病気を治す仕事という例えを言われたことがあります。まだ裁判官になったばかりの私には,どの仕事も簡単ではありませんが,悩みを抱えて裁判所に来る人にとって,少しでも力になりたいと思いながら,日々仕事をしています。
前掲裁判所2頁から引用


 これらを見てみると、やはり裁判官も「人の子」です。そして、人の子であるため、今までの経験や考え方なども様々です。


 それは必然であって、そのために憲法第76条3項は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」として、その良心に従うべきことと、憲法及び法律にのみ拘束される(逆を言えばたとえ裁判官といえども憲法及び法律には反することはできない。)ことを明らかにしています。

民事訴訟

事実認定と法律判断


 裁判官が民事裁判ですべきことは、主に事実認定と法律判断の2つであるとされています(前掲中田1頁)。


  • 事実認定・・・事実の存否について判断すること
  • 法律判断・・・法律の解釈と認定事実への法律の適用


 事実認定はピンとくると思いますが、法律判断はなかなかピンとこない方もいらっしゃるかもしれません。


 法律判断とは概ね、記載が不明瞭⇒解釈⇒判断のことをいいます。


 記載が不明瞭⇒解釈までならば、裁判官でなくとも一般人や法学徒、研究者でも可能です(他人のためにする場合には弁護士法などの一定の制限がありますが)。しかし民事裁判における法律問題の判断は裁判官がします。


 例えば(民事訴訟と題しているのに刑法を例にして恐縮ですが・・・)、刑法第204条は、次の行為を禁止しています。


(傷害) 第二百四条 
人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。


 さて、例えば無断で勝手に、後ろから急に、カミソリで髪を切られた場合に、この髪を切られたという事実は「身体を傷害」されたといえるのでしょうか?


 このとき、色々な考え方があると思います。髪を切るのは「身体を傷害した」に該当するとかしないとか。


 記載が不明瞭⇒解釈までは、裁判官でなくとも一般人や法学徒、研究者でも可能です。しかし、「身体を傷害した(又はしなかった)のだから、被告人は有罪(又は無罪)」という判断は、裁判官が行います。


 実際にこのような問題について、大審院(現在でいうところの最高裁)は、次のように法律判断をしています。


 すなわち、「人の髪を切る行為は人の体の機能を害していないので傷害罪にまではならない」(ただし暴行罪には該当する。)というものです。


 このように、記載が不明瞭⇒解釈⇒判断の「判断」の部分を裁判官が担います。民事裁判についていえば、冒頭のとおり裁判官がすべきことは、主に事実認定と法律判断の2つであるということになります。


 ただし、法律の解釈について難しい事件は確かにあるものの、民事裁判官が裁判で多大な時間と労力を費やすのは、事実認定についてであるといっても過言ではないと述べられています(前掲中田1頁)。

事実認定とは?


 民事裁判では、原告が訴えて、当事者が争い、最終的に(和解や取下げなどがなければ)裁判官が判決の言渡しをします。


 例えば、原告が「お金を貸したのに返してくれない。」と訴えるとともに借用書を提出すると、今度は被告から「確かに借りたけど返したじゃないか」と反論して「そのときほかにも人いたよね?証人として呼んで聞いてみるから。」といいその証人が「たしか昨年の2月ごろにそんなことを見たような見なかったような・・・」みたいなことを言ったり・・・


 裁判官はこれら証拠を調べながら、どのような事実があったか(又はなかったか)を認定していきます。


 専門的にいうと裁判上の事実認定とは、「過去の出来事について、仮説(ストーリー)を立てて、その仮説が真実であることを一定の資料によって推論することである。」とされています(前掲中田5頁)。


 そして、「民事裁判は、難しい法律の解釈問題で結論が左右される事件も、もちろん少なくはないが、多くの事件は、事実認定で勝負が決まるといっても過言ではない。」とも述べています(同6頁)。


 事実認定の際に何が役に立つかというと、証拠です。例えば上の例でいえば借用書や契約書などです。契約書のほかにも書面に残すというのは、本当に大事だと思います(議事録などもしかり。)。特にフリーランスなどの、一般に立場が弱いと言われている方は、特に事実を書面に残すことを積極的に行うべきです。


 もしご自身でできないのであれば、弁護士や行政書士にご相談されることを強くお勧めします(第三者が加わると、相手方が威圧的な人物であったとしても、なぜかそれが弱まることも見受けられるようです)。

事実認定は難しい?


 事実認定は難しいことを前提に、ではなぜ難しいかが次のとおりまとめられています。


  • 当事者は自分に有利な供述をする傾向にある。
  • 証人、本人は平気でうそをつくことが少なくない。
  • 契約書、借用書、領収書などの的確な客観的証拠が乏しい。
  • 取引自体があいまいな表現で行われていることが少なくない。


 先ほどもありましたように、証拠は結構大事です。契約書などは、争いになったときに役に立つという一種の保険のような機能もあります。そしてこれがないがために裁判官を悩ませる原因としてしまうこともしばしばあるようです(前掲中田6頁)。


 しかしまぁ、実際にはそのような直接的な証拠があることはほとんどない(あったらそもそも裁判にならない)から、現場の裁判官は、間接的な証拠を用いて、事実を認定していると述べられています。


  • 成立の認められる契約書や領収書がある場合は、特段の事情ない限り、一応、その記載どおりの事実を認めるべし。
  • 通常作成されるはずの直接証拠たる書証(例・売買契約書)がなければ、そのこと自体が重要な間接事実となる(ただし、なくても不合理といえない場合もあるから、一律には言い難い)。

高等裁判官に対するアンケート


 高等裁判所の裁判官のアンケートに対する回答があります(前掲中田13頁以降)。


  • どうやって事実認定するかと言われれば、基本は、客観的な裏付けがある事実(動かし難い事実)を並べた上で、当事者の主張するストーリーの中に、そうした事実を合理的に説明できないものがないかを検討するやり方である。
  • 適正な事実認定をするには、証拠調べ段階より、むしろ主張整理段階が重要と考える。双方のストーリー(仮説)をきちんと出させる、それぞれの主張にどの程度の合理性があるか、証拠の裏付けあるかなどの一応の見通しを立てる。すなわち、この段階で主張のテストをして、事件の筋を見分ける。
  • 極めて多くの書証等が出されて記録が膨大になり事案の中身がよくわからない事件があったが、当該弁護士は、事案の核心を裁判所に分からせまいとして、わざわざ、分かりづらい準備書面を作成・提出していたようだ。
  • 「動かし難い事実」がなぜ重要か言えば、それは、当事者が展開する、若しくは裁判所が仮説として得たストーリーを検証する試金石となるからである。証言を聞くとき、記録を読むときには、常にストーリーをイメージしながら、これを検証するつもりで当たることが重要である。その場合、既存の証拠と対比するだけでなく、その仮説を前提とすると、あるべき証拠はそろっているか、ないとすればなぜかと言った形で、積極的に検証していくことが大切である。この検証の際にも経験則が重要な役割を果たす。要するに、結局、「人は普通どのような行動をするか」という観点での検証が重要である。
  • 証拠の偽造というのは結構あるのではないかという感想を持っている。

元最高裁判事の感想


 また、元最高裁判事の感想なども記載されており、なかなか興味深いです。裁判官も人の子というのが、よくわかります。


  • 一審、二審とも、それぞれ自分の思った結論に持って行くのに都合のよい事実認定をしているのではないかと感じることがある。最高裁としては、事実認定ができないので、高裁の事実認定にのっかるしかないので仕方はないが・・・
  • キャリア裁判官は、事案に適した的確な判決をしているが、理論面でもよく検討して納得のいく判決をしてほしい。理論面でよく詰めていないのがたまに見かけられる。
  • どうせ最高裁にいったらダメだろうと思うのはよくない。最高裁も真摯に担当事件を検討している。一審、二審の裁判官が、しっかりした審理・判決をしていくことが、結局のところ、最高裁を動かしていくことになると思う。

まとめ

裁判官を悩ませないためにも


 以上の、特にアンケートを見てみると、裁判官も人の子であることがわかります。


 我々と同じように、たまには横着をしたくもなったり、疲労によって深く考察することができなくなったりもあると思います。


 それは決して悪いことではない当然のことだと考えています。


 そうすると、我々裁判所にお世話になるかもしれない身としては、証拠をしっかり整えておくことと、訴える又は反論する際には自己の利益に偏りすぎないという点だと思います。(極めて多くの書証等が出されて記録が膨大になり事案の中身がよくわからない事件があったが、当該弁護士は、事案の核心を裁判所に分からせまいとして、わざわざ、分かりづらい準備書面を作成・提出していたようだという回答には、うっとうしさを感じていることがうかがえます。)


 特に証拠をしっかり整えておくことと、契約書の作成や議事録、覚書などの作成は密接に関連付けられています。


 また、「とりあえず契約書を締結していればいいんだろ」というわけではないことも、以上のことから伺うことができます。


 契約書を締結するのもそうですし、会議や指示があった場合には確認書や議事録を作成しておき、なるべくどのような事実があったかをわかりやすく残しておくことが、後々のトラブルを防ぎます。


 契約書や議事録などを作成する身としても、このようなアンケートはとても参考になるので、ますます記載ぶりなども精進したいと思います。

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