行政代執行
本日、各種報道により、栃木県内で20年ぶりに行政代執行をするという報道がなされています。また、横浜市でも11年ぶりの行政代執行請求がされたと報道されています。
タウンニュース:旭区版「建物撤去で行政代執行へ」(https://www.townnews.co.jp/0105/2022/02/24/614096.html)
下野新聞「栃木県内で20年ぶり行政代執行へ 12市町への不法投棄で」(https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/558263)
例えば、建物や船舶の持ち主がそれをどかさなければならない義務があるにもかかわらず、それを放置するのは、都合がよくありません。
そのため、一定の要件の下で、その義務を行政が代わりにやってしまおう(費用は持ち主負担とすることも可)という制度を決めた法律が、行政代執行法(昭和23年法律第43号)です。
あまりなじみのない法律かもしれませんが、ちょっとだけ触れてみましょう。
<参考>
柴田賢司「空き家の行政代執行事例(所有者判明の空き家では全国初)」2016年3月公表(https://www.jstage.jst.go.jp/article/uhs/2019/104/2019_34/_pdf/-char/ja)
行政代執行の事例から
行政代執行の事例
これは実際に事例から入ると理解しやすいと思います。今回は「空家」を中心にして行政代執行を展開してみます。
葛飾区都市整備部住環境整備課が論文を発表しているので、こちらを参考に見ていきましょう。
葛飾区では平成27年10月に「葛飾区空家等対策協議会条例」を制定し、空家等対策の推進に関する特別措置法(平成26年法律第127号。以下「空家法」といいます。)に基づいて空家等対策協議会を設定しています。
前掲柴田から引用
行政代執行(葛飾区の例)
葛飾区では、老朽化により倒壊の危険があり、不法投棄物が増加し、かつ、近隣住民より建築課へ改善要望が多数寄せられていた長期間放置物件について、行政代執行の過程を記しています。なお、この物件は所有者と地主との間で紛争があったようです。
<平成27年>
- 5 月 15 日:現場確認。近隣住民からは 30 年前から空家であるとの情報。住民記録からは 20 年間は空家を確認。
- 6 月 24 日:建物所有者あて立入調査実施の通知。
- 7 月 1 日:立入調査実施。
- 7 月 30 日:特定空家等判定会付議。特定空家等認定。
- 9 月 30 日:助言又は指導を実施。
- 10 月 20 日:第 1 回葛飾区空家等対策協議会に「勧告」の可否について付議。合意。
- 11 月 4 日:勧告の実施。
- 12 月 4 日:命令事前通知書発送。
- 12 月 21 日:第 2 回協議会に「命令」の可否について付議。合意。
- <平成28年>
- 1 月 5 日:空家法 14 条 3 項による命令を送付。 現地には空家法 14 条 11 項及び 12 項に基づき命令標識を 当該特定空家等外壁に設置。
- 2 月 1 日:行政代執行法第 3 条第 1 項に基づき、戒告を実施。
- 2 月 3 日:第 3 回空家等対策協議会に行政代執行の実施を付議。合意。
- 2 月 22 日:空家法第 16 条 1 項に基づく過料事件通知書を地方裁判所に送付。
- 2 月 23 日:保育管理課経由で、近隣区立保育園 3 園に代執行日の注意喚起を情報提供。
- 3 月 1 日:行政代執行法第 3 条 2 項に基づき、 代執行令書を送付。
- 3 月 1 日:広報課よりプレスリリース。住宅密集地のため現場周辺のコインパーキングなどを情報提供。
- 3 月 1 日:周辺近隣住民宅に代執行のチラシをポスティング。
- 3 月 3 日午前 9 時:都市施設担当部長の代執行宣言をもって代執行に着手。妨害行為なし。
- 3 月 17 日午後 2 時頃:住環境整備課長の代執行終了宣言をもって代執行の終了。
- 4 月 25 日:第 4 回空家等対策協議会に代執行実施の結果報告。
- 6 月 2 日:行政代執行法第 5 条に基づき、 建物所有者に納付命令書を送付。
- 8 月 2 日:国税通則法第 37 条の規定に基づき、建物所有者に督促状を送付。
- 10 月 18 日:総務部収納対策課と本件を協議し、行政代執行に要した費用の回収対応を引継ぎ。
- <平成29年>
- 2 月 8 日:行政代執行に要した費用 185 万円の納入を確認。
行政指導なども含めて約2年ほどかかります。
行政代執行の対象者は?
本件は、所有者が判明した空家に対する行政代執行として、全国で初めてだったそうです。
そうすると、区と所有者との間で何らかの話し合いが行われているはずです。
前掲柴田では、次のように交渉経緯が記されています。
- 行政代執行実施の前に 8 回、代執行に要した費用の回収までに 7 回の計 15 回は 交渉、面会、連絡をして接触を図ってきたこと。
- 建物所有者は、「建物が危険なことは認識しているが、建物を解体する気力がない。」と所有者としての責任を示さなかったとされていること。
- 建物所有者は、当初代執行費用の納付を拒否していたが、収納対策課に引継ぎ、所有不動産の差押えを念頭に交渉したこと。
- 建物所有者が納付書の受け取りに来庁。2 月 8 日に完納を確認したこと。
このように、行政代執行といえども無慈悲に行われることはほぼなく、基本的姿勢としてはどの行政庁も対話を通すというのが通例といえるでしょう(Google検索ワード:「行政代執行 手続」といれると、様々な行政庁の行政代執行マニュアル的なものがご覧いただけますので、ご興味ある方はご一読くださいませ。)
行政代執行法
行政代執行法の適用範囲と要件
行政代執行法は、ほかに特別の法律がなければ適用されるという性質を持つ、いわゆる一般法です(行政代執行法§1)。
行政代執行法の条文自体は全部で6条という比較的少ないものでありますが、割と詳細に定められています。
行政代執行法は、法律(法律の委任に基づく命令、規則及び条例を含みます。)により直接に命ぜられるか、法律に基いて行政庁により命ぜられた行為について、義務者がこれを履行しない場合であって、他の手段によってその履行を確保することが困難であり、かつ、その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときにのみ適用できます(行政代執行法§2)。
「法律(法律の委任に基づく命令、規則及び条例を含む。)」とは何でしょうか。具体例として空家法を見てみましょう。
(特定空家等に対する措置)
第十四条 ・・・
9 市町村長は、・・・、その措置を命ぜられた者がその措置を履行しないとき、履行しても十分でないとき又は履行しても同項の期限までに完了する見込みがないときは、行政代執行法(昭和二十三年法律第四十三号)の定めるところに従い、自ら義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる。
このような直接な規定がなければ、行政代執行法に基づいて行政代執行することはできません。
なお、行政庁により命ぜられた行為は、他人が変わってすることができる行為に限ります(行政代執行法§2)。例えば、家を壊す、船をどけるなどです。講演をする、芸術品を作るなどは適用外です。
行政代執行法の手続
葛飾区の事例を見ても、行政代執行には一定の手続が必要であることがわかります。
具体的には、次の手続が必要です(行政代執行法§3)。
- 相当の履行期限を定め、その期限までに履行がなされないときは、代執行をなすべき旨を、予め文書で戒告する。
- 戒告を受けても指定の期限までにその義務を履行しないときは、行政庁は、代執行令書をもって、代執行の時期、代執行の執行責任者の氏名、代執行に要する費用の概算による見積額を通知する。
これら手続を踏まえて、行政代執行を行うことができます。
数年ぶりの行政代執行
栃木県では20年ぶりの行政代執行
前掲下野新聞によれば、栃木県内12市町に不法投棄された産業廃棄物から基準値を超える有害物質が検出されたとして、県と宇都宮市が24日、不法投棄者が撤去命令に従わなかったため、廃棄物処理法に基づく行政代執行を行うとのことです。また、これに係る費用は約2,000万円と報道されています。
廃棄物処理法では第19条の7第1項で、一定の条件下で「市町村長は、自らその支障の除去等の措置の全部又は一部を講ずることができる。」と定めています。
行政代執行法は第1条で、「別の法律で定めるものを除いては、この法律の定めるところによる。」と規定されていますから、廃棄物処理法に規定されていれば、その規定に基づいて行政代執行が行われることとなります。
約2,000万円かかる費用については、廃棄物処理法第19条の7第5項において「前三項の規定により負担させる費用の徴収については、行政代執行法(昭和二十三年法律第四十三号)第五条及び第六条の規定を準用する。」と規定されていますから、この点については行政代執行法が準用されますので、義務者に請求することが可能です。
可能なのですが、実際にはほとんどの行政庁では次のように指摘されています。
代執行に要する費用ついては、回収の見込みが立たないことがほとんどであり、特に所有者が不明である場合は、回収できないことが公然となっている。回収見込みのない案件に、税金を投入し代執行することに、必ずしも住民全員が賛同するとは限らず、後に住民監査請求、住民訴訟の対象となる可能性もある。
福井県「Ⅲ 行政代執行による除却の事務手続き」Ⅲ-4頁(https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/kenchikujyuutakuka/akiyamanyuaru2_d/fil/09.pdf)から引用
やってもやらなくてもどちらでも文句を言われるのが中立的立場といえますが、なかなか歯がゆい問題となっています。そしてこれは、今話題となっている空家問題についても同様のことがいえるとされています。
まとめ
まとめ
行政代執行法は、今問題となっている空家法との関係で、見つめ直されている法律です。
一般的には、行政法学では次のように述べられることが多いです。
行政法テキストにおける解説が、「行政法の義務履行の強制」「行政上の義務履行確保」 という見出しのもとで具体的手段の実施の実情に触れるとき、行政代執行に関しては、 「機能不全」「抜けない伝家の宝刀」というネガティブな記述がされるのが通例であった。たしかに、その通りである。行政現場においては、行政代執行はそもそも念頭に置かれ ない選択肢であり、まさに封印されているといってよい。この点は、いくつもの実証研究 によって確認されている。
北村喜宣「空家法の執行過程分析(上)」(自治総研通巻503号 2020年9月号)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jichisoken/46/503/46_1/_pdf/-char/ja
しかし、同論文の中でこの点に関して、修正を余儀なくされているといいます。すなわち、空家法の執行過程においては、行政代執行の積極的実施が余儀なくされるからです。
今後、民法や不動産登記法も改正されたり、社会情勢が大きく変わることが予想されます。これに伴って、「行政代執行」というのもその名が段々と認識されるようになるかもしれません。
そうすると、先ほどの行政庁の悩みのように「私たちの税金ですよね?」とか「人のものを勝手に壊すなんて!」という物議もちらほら出てくるかもしれません。
そのようなときには、行政代執行の仕組みなどを知っておくと、冷静に判断することができるかもしれません。
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