人間は合理的ではない

query_builder 2022/03/11
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 法学会における消費活動においては「合理的な選択」が尊重される傾向にあります。


 例えば、不当景品類及び不当表示防止法(昭和37年法律第134号。以下「景品表示法」といいます。)は、各条項において、「合理的な選択を阻害するおそれ」のある行為を制限する旨述べています(景品表示法§1、§4、§5、§26等)。


 しかし、人間は、正確な情報があれば合理的な選択をするという生き物ではないことは、行動経済学の観点からは指摘されているところです(平井啓「行動経済学の観点から見た意思決定支援」社会薬学Vol.40 №2 2021(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsp/40/2/40_140/_pdf/-char/ja)140頁)。


 前掲平井によれば、医療従事者が日常診療する際に、医学に基づく合理的な説明をしたとしても、必ずしも患者が合理的な選択(例えば、直ちに手術すべき事態において手術を選択したり、軽微であるが継続的に投与が必要な場合に投与を選択したりなど。)をしないことを取り上げ、コミュニケーションにすれ違いが生じることが多くあると指摘し、これについて次のように述べています。


 この「すれ違い」は・・・患者から見えているのは、目の前の木だったり、動物だったりし、それを医療従事者に詳細に説明しようとする。一方で、医療従事者は、その森を上空から見下ろしているので、全体像を含めて患者がどこを歩いていくと森から出られるかを理解し、それを患者に伝えることができる。
 しかし患者は、その上空からの光景を伝えられても、目の前のこととは感じられずに、医療従事者の言うことが理解できていない状態であると考えることができる。
 つまり、「見えている世界や景色が違う」ことがこの患者と医療従事者のコミュニケーションのすれ違いを起こしているのではないかと考えられる。
 
 特に医療従事者にとって、患者には「正しい情報があれば正しい意思決定が可能である」という前提がある。そして多くの医療従事者がその前提の下で、インフォームド・コンセントを実施してきた。
 しかし、たとえ正しい情報をインプットできたとしても、多くの患者は合理的に判断できるわけではないため、それが患者と医療従事者双方に大きな負担を与えていると考えられる。すなわち、「すれ違い」の背景には、医療従事者と患者の双方が合理的な存在であるという意思決定の合理性を前提とした制度設計があると考えられる。
前掲平井から引用(太字下線部は筆者加筆)


 このようなすれ違いがあることを前提とすると、顧客との間の説明責任の考え方や、法的な環境整備(例えば、契約約款や社内体制の整備なども含む。)を検討する際には、すれ違いがあることを踏まえた対応をすることが、有意義であると考えます。


 なぜなら、法的紛争も結局は、お互いのすれ違いが原因であると考えるからです。


 実際に消費者庁の検討などにおいても、認知心理学など、法学以外の要素も材料にして検討を行っており(消費者庁「広告表示に接する消費者の視線に関する実態調査報告書」(https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/pdf/fair_labeling_180607_0002.pdf)5頁の注釈7)、法的思考のみにとどまらない視点を持っています。


 今回は、法律とはちょっと外れて、行動経済学について、触れていきたいと思います。


<参考>

平井啓「行動経済学の観点から見た意思決定支援」社会薬学Vol.40 №2 2021(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsp/40/2/40_140/_pdf/-char/ja

行動経済学

行動経済学とは


 前掲平井によれば、行動経済学とは、次のような学問だと指摘しています。


行動経済学は、バイアスなどの「人が判断を下す際の、非合理的な思考の枠組み」(限定合理性)を解き明かし、それを前提に人の意思決定に関する課題解決を行う学問分野である。前掲平井140頁から引用


 次に、行動経済学の中心的な考え方の1つとして、1979年にカーネマンが提唱した「プロスペクト理論」があると説いています。


プロスペクト理論とは


 プロスペクト理論とは、「人の判断は、不確実性がある判断のとき、条件や状況によって、合理的な価値判断ができない場合がある」(スマレビ「プロスペクト理論とは?ビジネスでの活用方法について解説」から引用)というものであり、ざっくり言うと、人は損失回避をする傾向にあるというものです。


 すなわち、同じ損得の大きさであれば、損失の場合の価値の方が利得に比べて約 2.5 倍大きく影響するとされており、そのため、多くの人が損失に敏感に反応すると説明されています。


 例えば、がん治療において、抗がん剤治療の中止がなかなかできないことも患者と医療従事者双方の損失回避の心理から生じる事象としています。

先延ばし


 また、現在バイアス(先延ばし)と現状維持バイアスにも次のように触れています。


患者は将来の損失が割り引いて見積もられることで現在の損失をより高く感じる傾向にあり、これを現在バイ アス(先延ばし)という。また、自分の慣れ親しんだ方法を変えることを大きな損失と考えることがある。これを現状維持バイアスという。前掲平井140頁から引用


 心当たりがあるという方も多いのではないでしょうか。私も、心当たりがあります。


 今やってしまえば楽なのに、なぜか今やらずに先延ばしにする・・・という感覚でしょうか。気付いて片付けることができればいいんですけど。

利用可能性バイアス


 以上のようなバイアスを受けるのは、患者だけではないようです。


 例えば、次のバイアスが専門家にも生じる点を説明しています。


身近で目立つ情報を優先して利用しようとする傾向を利用可能性バイアスというが、実際に、その分野に精通した医師の方が、そうでない医師と比較して治療効果が低い治療を推奨する傾向にあることも研究で示されている。前掲平井140頁から引用


 この点は専門家側が十分注意しなければならない点といえるでしょう。また、どの分野にも通ずるバイアスだとすれば、やはり法律に関する相談においても、セカンドオピニオンやサードオピニオンは重要であるといえます。


 客観的に合理的な選択をしたい場合には、様々な意見を取り入れた方がいいと思われます。

行動経済学に基づく手法・効果

フレーミング効果


 これら行動経済学に基づいて、説明の方法を応用することができるようです。逆に言えば、これらを応用する悪徳商法も存在する可能性があるので、消費活動を行う際や、合理的な選択が求められる場合には、十分注意が必要といえます。


 前掲平井によれば例えば、同じ内容のものを説明するときに「この治療を受けると90%の確率で治ります」と言っていたものを、「この治療を受けないと10%の確率で死にます」と表現することができるとしています。


 フレーミング効果を使って受診を促した場合とそうでない場合では、使った場合が19.9%、他方、使わなかった場合が5.8%の受診率となったという結果を発表しています(前掲平井141頁から引用)。

リバタリアン・パターナリズム


 もう1つの方法として、リバタリアンパターナリズムを紹介しています。これは、「個人の行動・選択の自由を権力が阻害せず、かつ「より良い結果」に誘導する思想のこと」をいうとされています(リベラルアーツガイド「【リバタリアンパターナリズムとは】ナッジとの関係・要点・批判をわかりやすく解説」から引用(閲覧日:令和4年3月8日))。


 前掲平井141頁によれば例えば、次のような事例を例として挙げています。


 パターナリズムについて

 患者に関して、治療ガイドラインなどの外的妥当性が示されたものを参照し、その患者にとって「望ましい治療の選択肢」を定める。
 その際、チーム医療もしくはコンサルタントの存在を利用して多職種の視点を踏まえることで、その患者の個別性や価値観をできるだけ反映させる。その選択肢を患者に対して明確に 「これはあなたにとって望ましい選択肢であると私たちは考えている」という言い方で、医療従事者が選択アーキテクトであることを明示しつつ、望ましい選択肢を選 びやすくした言い方で患者に提示する。この部分がパターナリズムに基づくアプローチとなる。


 次いで、リバタリアンについて


 その後、提示された選択肢に対する患者の反応を確認する。同意する患者はすぐにこの選択肢を選ぶことができるが、そこに 自分自身の価値観が反映されていないと感じた患者は、ここで初めて自分の価値観を表明できることになるかもしれない。
 価値観の表明があったら、改めて医療従事者はそれを踏まえて「より望ましい選択肢」を考えて、再提示を行う必要がある。
 このようなやり取りを経ても、 医療従事者側が示した「望ましい選択肢」とは異なる選 択を患者が最終的に行う場合がある。
 その場合でも、医療従事者は患者の自己決定の結果であるその選択を尊重しなければならない。以上の部分がリバタリアンに基づくアプローチとなる。

所感

リバタリアン・パターナリズムと善管注意義務


 リバタリアン・パターナリズムの「患者の自己決定の結果であるその選択を尊重しなければならない」という点は、なかなか難しいところです。


 なぜなら、それが本人に関することであれば、それは確かに不合理であっても尊重すべきかもしれませんが、果たして不合理な選択をすることをそのまま専門家が承認して構わないかという点です。


 法的にいえば「善管注意義務」でしょうか。これは、難しい問題だと思います。


不合理な選択をする者が本人でない場合


 次いで、法律を扱う際においては、その不合理な選択をする者が本人ではなく、例えば法人であれば代表取締役である場合があります。このようなときには、加えて次のような点が問題となります。



 すなわち、法人とは法律で認められた人格のことであるところ、法人自体には意思が存在しませんから、その意思表示等は、自然人である代表取締役等を経て行われます。


 そうすると、自然人である代表取締役等の意思表示が不合理な場合には、その法人が被害を被ることとなります。


 そのような場合に、その法人の存在を無視して、「代表取締役が言ってるからしょうがないよね」として処理するのは、私としては若干違和感があります。


 この問題に対する私の答えは出ていますが、実務をこなしていく上ではなかなか葛藤がある場面も少なくありません。


 とはいえ、一応意見として表明しておくべきですから、お伝えすることにはしています。これも、なかなか難しい問題です。


まとめ


 私としては、顧客には合理的な選択をしてほしいと望んでいるため、あんまり積極的に案内するということは、傾向的にはありません(本当にそうした方がいいと思ったら別ですけど)。


 それよりも、法律に関する相談をなさるときは、ほとんどが人生において重要な選択を控えていますから、私の意見も参考に、様々な意見に触れることを推奨しています。


 世の中には強引に選択を迫り、利益追求のために行動する人もいますので、そのような場合に備えて、「人間は合理的ではない」ということと「自分がいまそれに当てはまっていないか」という自問自答は、持っておくと、合理的な選択に資するかもしれません。

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