パワハラ保険が役に立つ?
本年4月1日から、中小企業においてもパワハラ防止措置を講ずることが義務付けられたことは、公知の事実でありますところ、パワハラ保険なるものの加入件数が4年前の倍になっているようです(後掲讀賣新聞参照)。
保険料は企業規模に応じ、年間5万円から数十万円。リスクマネジメントとしては、お手頃な価格かもしれませんね。
<参考>
讀賣新聞オンライン「従業員からの訴訟に備え、「パワハラ保険」加入急拡大…契約数は4年前の倍」(https://www.yomiuri.co.jp/economy/20220530-OYT1T50065/)
厚生労働省「2022年(令和4年)4月1日より、「パワーハラスメント防止措置」が中小企業の事業主にも義務化されます!」(https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000855268.pdf)
厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf)
厚生労働省「しっかり学ぼう!働くときの基礎知識」(https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/study/introduction.html)
パワハラ防止法
パワハラ防止法とは?
パワハラ防止法とは、次の法律を指します。
- 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和41年法律第132号)
通称「労働施策総合推進法」です。
が、長ったらしいしわかりづらいので「パワハラ防止法」と称され説明されることが多いです。
また、パワハラとは別にセクハラについては次の法律に基づくものです。
- 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和47年法律第113号)
- 女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(平成27年法律第64号)
通称「男女雇用機会均等法」と「女性活躍推進法」です。
厚生労働省はこれらを総称して、職場におけるハラスメントの防止と言っているようです。
さて、このうちパワハラ防止法については、本年4月1日から中小企業においてもパワハラ防止措置を行うことが法的に義務付けられました。いままでの努力義務(頑張ればOKという義務)とは異なります。
前掲厚生労働省パワハラ防止措置リーフレットから引用
パワハラの定義とは?
パワハラの定義については、ネット検索すればどのサイトでも紹介されているので、改めて述べる必要もないような気もしますが、一応説明すると、次の3つの要件をすべて満たす行為をいいます。
- 優越的関係を背景とした言動
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
- 労働者の就業環境が害されるもの
この要件は、個別具体的な事件に対して柔軟に対応するために、極めて抽象的に設定されています。
したがって、過去にパワハラが問題となった事例を研究して、どのような状況だとパワハラと認定されるのか、あるいはされないのかを紐解く必要があります。そのためのインターネットのサイトも用意されています。
厚生労働省:あかるい職場応援団(https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/)
前掲明るい職場応援団から引用
ほかには専門家に相談するという手もあるでしょう。
いずれにせよ、パワハラは個別具体的に検討されますから、要件に着目することも大事ですが、さらに踏み込んで「労働者にはどのような権利(または法的に保護されるべき利益)があるのだろう」ということを把握し、それを侵害しないための組織体制づくりを検討するのが有効だと考えます。
パワハラから守られるべき労働者の権利とは?
パワハラから守られるべき労働者の権利は、一説によれば、次に掲げる利益とされています(奥山明良「職場のパワー・ハラスメントをめぐる法律問題を考える」266頁参照)。
- 労働者の生命・身体・健康等の身体的・健康的利益
- 労働者の名誉
- 労働者のプライバシー
- 良好な職場環境の中で働く権利・利益
- 職場での自由な人間関係を形成する権利
- 知識・経験・能力と適正に応じた措置を受ける権利(キャリア形成の権利)
- 私的問題に関する自己決定権の権利
これらは人として生活していく上でも重要な権利ですから、これらを侵害されるようなことがあれば、法的に保護しなければならないといえます。
他方、最近では労働者の権利が強すぎると唱える論者もおり、これはこれで確かに説得力のある論だと思います。労働者の権利のみを守ればよいというものではなく、労働者の義務は履行されなければ、これもまた法秩序的には望ましくありません。
それでは、労働者の義務とはどのようなものがあるのでしょうか?
パワハラの問題と抵触し得る労働者の義務とは?
法の趣旨からすれば、労働者の権利ばかり保護するという無理なことを法は決して述べません。
パワハラとはあくまで、優越的関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超え、労働者の就業環境が害されるものをいい、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は該当しません(前掲厚生労働省パワハラ防止措置リーフレット参照)。
したがって、会社としては委縮しすぎることによって企業秩序が崩壊しても困りますから、パワハラとは何かを正確に把握し、それを侵害しないように配慮しつつ、労働者が義務を履行するような仕組みを作ることが肝要です。
さて、労働者にはどのような義務があるのでしょう?(前掲厚生労働省働くときの基礎知識参照)
- 誠実労働義務
- 企業秩序維持義務
- 誠実勤務義務
- 守秘義務
- 職務専念義務
- 兼業禁止義務
少なくともこれら労働者にはこれら義務があることが指摘されています。
もっとも、これも個別具体的な検討が必要です。例えば、兼業禁止義務については、職業選択の自由(憲法§22)がありますから、過度な兼業禁止は当然認められなかったりする場合などがあります。
逆に労働者からすれば、「この会社はひどいよほんと!」なんてことを軽はずみにSNSに発信したりすれば、守秘義務違反などを理由に訴えを提起される可能性も否定はできないこともあります。
労働者としても、自身にどのような義務があるのかを把握することは、トラブル防止のために重要です。
パワハラ防止保険とは?
保険会社の回し者ではありませんが、パワハラ保険は、リスクマネジメントの一環として検討に値すると考えます。
パワハラを理由に労働者から訴えを提起されれば、会社には弁護士料その他費用が発生したりします。
また、訴えの提起は(勝訴するか敗訴するかは別として)労働者の自由ですから、応訴する必要があることなども考えると、保険としては有用性があるように思います。
前掲讀賣新聞の報道によれば、大手損保会社(損害保険ジャパン、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険)はパワハラ保険を取り扱っているようです。
これを機に、検討するのも良いかもしれません。
まとめ
パワハラは正確な把握が大事
パワハラ問題が提起されるときは、労働者の権利に焦点が当たる傾向にありますが、労働者の義務にも着目して、バランスの取れた対策や仕組みを構築する必要があると思います。
そのためには、日ごろから法律や事例による研修を行い、企業集団として意識を共有することも、無駄ではありません。
そして正確な法制度の把握は、コミュニケーションがとりづらいと言われている現代において、臆することないコミュニケーションを実現し、企業秩序が円滑化することが期待でき、もって企業価値を高めることが可能となるでしょう。
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